梨田 昌孝

梨田 昌孝(なしだ まさたか)

北海道日本ハムファイターズ(前)監督
プロ野球解説者

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  • 「信頼しよう、まかせよう」
     ※リーダーシップ論、組織論
  • 「長所を活かして個性を伸ばせ!~梨田流「自己と組織の育成法」~」
     ※リーダーシップ論、組織論
  • 「きらめき・発想・未来」
1953年生まれ 島根県浜田市出身。
浜田高校3年のとき、キャプテンとして春夏の甲子園に出場。強肩捕手として注目される。
1972年 ドラフト2位で近鉄バファローズ(当時)に入団。
強肩とあわせ自ら編み出したコンニャク打法で、昭和54年、55年のリーグ優勝など、近鉄バファローズの黄金時代を支えた。
1988年 引退し、野球解説者となる。
1993年 コーチとして近鉄バファローズに復帰、二軍監督を経て、
1999年 10月一軍監督に就任
2001年 監督として2年目にチームを12年ぶりのリーグ優勝に導く。
2004年 バファローズとオリックスの合併に伴い、ヘッドコーチの要請を受けるが、
自ら率いてきた選手たちの去就を危惧し、潔くユニホームを脱ぐ。NHK野球解説者と日刊スポーツ野球評論家として活躍する。
2008~2011年 北海道日本ハムファイターズ監督
2009年リーグ優勝
2011年クライマックスシリーズ優勝

 

<球歴>

ベストナイン3回(昭和54.55.56)、ゴールデングラブ賞4回(昭和54.55.56.58)
オールスター出場7回(昭和54.55.56.57.58.60.61)
1000試合出場 昭和59.6.14 対ロッテ 15回戦(金沢)
100本塁打 昭和60.7.11 対日本ハム 13回戦(後楽園)
リーグ優勝2回(昭和54.55)
実働年数17年 通算成績 1323試合 3444打数/874安打/113本塁打/打率.254

講演例

「信頼しよう、まかせよう」 ※リーダーシップ論、組織論
バファローズ監督就任1年目。チームは2年連続最下位で終わった。
しかし2年目のシーズン、2年連続最下位を経験したチームがリーグ優勝を果たすというプロ野球史上初の快挙を成し遂げる。そして平成20年からは北海道日本ハムファイターズ監督へ就任。再び就任2年目にしてリーグ優勝とクライマックスシリーズ優勝を果たす。どのようなチームにおいても梨田が先ず大切にすることは人とのふれあい。個々の可能性を最大に引き出す梨田流コミュニケーション術。

「長所を活かして個性を伸ばせ!~梨田流「自己と組織の育成法」~」 ※リーダーシップ論、組織論
大阪近鉄バファローズ時代、梨田は監督として2年連続最下位を経験したチームがリーグ優勝を果たすというプロ野球史上初の快挙を成し遂げた。しかしチームは合併により消滅。それから3年、バファローズの生え抜きだった梨田が、2年連続リーグ優勝を果たした北海道日本ハムファイターズ監督就任。2年目にして再びリーグ優勝とクライマックスシリーズ優勝という成績を残す。
梨田が現役時代から野球通じて学んだこと、それは「自分の長所を見抜き育てるのは自分自身だ、そのための積み重ねがやがて人からの信用につながる。」ということである。
現役時代の経験に基づいた自己育成法と、個性豊かな人材が集まったプロ野球団の監督経験を通じての組織の育成法をお話します。

「きらめき・発想・未来」
プロ野球人としての信用を得るため、自信につながるために梨田が目標としたことは、“世界の盗塁王・福本豊氏”の盗塁を続けて阻止すること。生まれ持った肩の強さに加えて、いかにしてリーグ一の強肩捕手と評価されるようになったかという梨田特有の送球方法、秘打「コンニャク打法」の誕生秘話など、発想・工夫を重ねてきた梨田のプロ野球人生を、子供から大人まで聞きやすく、わかりやすくお話いたします。

出版関係

「梨田昌孝の超野球学」 (ベースボールマガジン社)
「戦術眼」 (ベースボールマガジン社)
『追憶の球団 近鉄バファローズ「猛牛伝説の深層」』(ベースボールマガジン社)