今井 通子

今井 通子(いまい みちこ)

東京女子医科大学付属病院腎総合医療センター泌尿器科非常勤講師/日本泌尿器科学会専門医/東京農業大学客員教授/株式会社ル・ベルソー代表取締役社長/株式会社アプローズ取締役会長

  • 無料ご相談
  • 候補に入れる
  • 印刷をする

profile-presentation-theme

  • 「山に私が学んだもの」
  • 「農、林業と私」
  • 「未知への挑戦」
  • 「自然から得た健康法」
  • 「高齢になった時どうする」
  • 「物の豊かさから行動の豊かさへ」

略歴(平成15年4月現在)

昭和17年2月1日東京に生まれる。
同41年東京女子医科大学卒業。
医学博士。
日本泌尿器科学会専門医。
東京農業大学客員教授。
株式会社ル・ベルソー代表取締役社長。
株式会社アプローズ取締役会長。
2007年3月まで東京女子医科大学付属病院腎総合医療センター泌尿器科非常勤講師。

主な登山歴

1960年 東京女子医科大学山岳部に入部。
谷川岳一之倉沢衝立岩〜コップ状岩壁連続登攀(とうはん)をはじめ谷川岳烏帽子奥壁ダイレクトルート初登攀など。
1967年 女性パーティー遠征隊長として世界で初めてヨーロッパアルプス.マッターホルン北壁登攀成功。(女性パーティー初登攀)
1959年 ヨーロッパアルプス・アイガー・北壁日本隊ルート初登攀。
1971年 ヨーロッパアルプス・グランドジョラス北壁登攀。(女性として世界初の欧州三大北壁完登者となる)
以後現在に至るまで毎年ヨーロッパアルプスの旅行講師を勧める。
1975年 ネパールヒマラヤ・ダウラギリIV峰、カモシカ同人隊員及び医師として遠征する。
1979年 ネパールヒマラヤ・ダウラギリII・III・V峰縦走登山隊長として、
男性16人を率いてクロス縦走を成功させる。7,500m以上の三山の登頂は世界で初めて。
1983年 中国側チョモランマ(エベレスト)峰(8848m)北壁冬期登山隊長として遠征する。
1984年 同隊は、8,100mにて断念。
1985年 隊長として再度チョモランマ峰へ向かうが、登山隊は8,450mにて断念する。しかし冬期世界最高到達点を記録する。
1987年 厳冬期朝鮮民主主義人民共和国の白頭山、金剛山。妙香山に登頂。
同 年 秋季に標高世界第6位のヒマラヤのチョー・オユー峰(8201m)に中国側より登頂。
1989年 アフリカ最高峰キリマンジヤロ(5895m)登頂後、山頂よりパラグライダー飛行に成功。
アフリカ・ウガンダ最高峰ルヴェンゾリ(5109m)に登頂。

受賞歴

1967年 朝日ビックスポーツ賞受賞。
1972年 欧州三大北壁征服により第1回森田たまパイオニア賞受賞。
1974年 前立線肥大症に於ける副腎性アンドロゲンの役割に関する研究で吉岡研究奨励賞受賞。
1979年 朝日体育賞受賞。読売新聞スポーツ賞受賞(団体)。
1980年 エイボンスポーツ大賞受賞。
1992年 (財)日本ユース・ホステル協会功績表彰。
2006年 旅の文化研究所「旅の文化賞」受賞。
2006年 (財)日本ユースホステル協会ユースホステル運動特別功労者表彰。

現在就任中の主な委員

1989年〜 国立那須甲子少年自然の家運営委員会委員。
1995年〜 東京都社会福祉審議会委員。
国士交通省富士山大沢崩れ研究会メンバー。
1996年〜 世田谷区スポーツ振興審議会委員。
1997年〜 文部科学省登山研修所運営委員。
文部科学省国立極地研究所評議員。
1998年〜 横浜市スポーツ振興事業団理事。
文部科学省研究開発局海洋地球課南極地域観測統合推進本部委員。
2001年〜 経済産業省産業構造審議会臨時委員。車両競技分科会臨時委員。
国土交通省河川審議会専門委員。
財務省国税審議会委員。酒類分科会所属。
総理府宇宙開発委員会専門委員。
文部科学省科学技術・学術審議会委員。
文部科学省科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会委員。
文部科学省科学技術・学術審議会生命倫理・安全部会委員。
文部科学省科学技術・学術審議会資源調査分料金委員。
内閣府中央防災会議専門委員。
富士山の適正利用のあり方検討委員会委員。(静岡県)
2002年〜 消防庁救急業務高度化推進委員会委員。

その他委員等就任中の主な団体

NPO法人森林セラピーソサエティ理事長。
日本山岳ガイド連盟副会長。
(財)健康・体力づくり事業団委員。
経済産業省社会経済国民会議「フォーラムエネルギーを考える会」メンバー。
(財)植村記念財団理事。
(財)日本女性学習財団理事。(旧(財)日本女子社会教育会)
日本旅行作家協会評議員。
NPO法人地球こどもクラブ理事。
(社)日本環境教育フォーラム理事。
ごはんを食べよう国民運動推進協議会副会長。
エコツーリズム推進協議会評議員。
(財)日本ユースホステル協会副会長。
日本財団事業企画委員。
(財)日本体育協会倫理委員全委員。
日本船舶振興会公益事業企画委員会委員。
青少年に向けた防災教習プログラム検討委員会メンバー。
高齢社会における森林空間の利用に関する調査委員会。((社)全国森林レクリエーション協会)

過去就任の主な委員

1982年〜87年 厚生省公衆衛生委審議会委員。
1983年〜86年 東京都生涯教育推進懇談会委員。
1983年〜97年 文部省登山研修所専門調査委員。
1987年〜95年 文部省保健体育審議会社会体育学科審議会委員。
1988年〜90年 建設省雪崩対策に関する制度研究会委員。
経済企画庁国民生活審議会委員。
1989年〜91年 総務庁青少年問題審議会委員。
1989年〜93年 文部省生涯学習クリエイティプアドパイザー。
1990年 経済企画庁生活ゆとりと充実に関する懇談会委員。
1991年 科学技術庁「ゆとり」・「優しさ」・「快適さ」を考える懇談会委員。
1991年〜93年 (財)シニアプラン開発機構「シニアリゾート研究会」委員。
(財)シニアプラン開発機構「生きがい研究会」委員。
1991年〜96年 国立妙高少年自然の家運営委員。
1991年〜01年 日本体育・学校健康センタースポーツ振興基金審査委員会委員。
   〜02年 放送番組向上協議会委員。
1992年〜94年 日本トリムフィットネス生涯スポーツ審議会委員。
1992年〜00年 大蔵省保険審議会委員。
1993年 東京都ゆとり創造推進会議委員。
1993年〜00年 環境庁中央環境審議会委員。
1993年〜94年 世田谷区区民部女性問題懇話会委員。
科学技術庁宇宙開発委員会。「長期ビジョン懇談会」構成員。
1994年〜00年 通商産業省社会経済国民会議「日本ゆとりサマータイムを考える会」発起人
1994年〜96年 東京都消費生活対策審議会委員。
1994年〜96年 世田谷男女共同参画推進委員。
1995年〜96年 科学技術庁宇宙開発委員会専門委員。
1995年〜00年 科学技術庁地震調査推進室委員。
1995年〜01年 東京都病産院倫理委員会委員。
1997年〜98年 横浜市スポーツ振興事業団非常勤理事。
1997年 科学技術庁原子力動燃改革検討委員会委員。
1997年〜00年 建設省・環境庁・林野庁森林資源による地域活性化方策調査委員。
1998年〜00年 環境庁地球環境と夏時間を考える国民会議委員。
1998年〜00年 建設省今後の砂防事業のあり方に関する検討委員会委員。
1999年〜00年 内閣官房内閣内政審議室ドクターヘリ調査検討委員会委員。
1999年〜00年 自治省スポーツ活動等を通じた青少年の健全育成に関する調査委員会委員。
2001年~02年 国土交通省河川審議会専門委員。
2001年~03年 富士山の適正利用のあり方検討委員会委員。文部科学省科学技術・学術審議会生命倫理・安全部会委員。内閣府中央防災会議専門委員。

著書

「私の北壁」
「続・私の北壁」
「私のヒマラヤ」
「縦走」
「魔頂チョモランマ」
「白頭山登頂記」
「ヒマラヤを翔ぶ」 (朝日新聞社)
「男は仕事、女は冒験」(光 文 社)
「たくましいひとりっ子の育て方」(主婦と生活社)
「自然がくれた“ときめき”人生」(労働旬報社)
「ウガンダの父とよばれた日本人」(PHP研究所)
「マッターホルンの空中トイレ」(TOTO出版)
「自然流おいしい食事」(講談社)
「コスタリカ・緑深き森へ遊学行」(NHK出版)
「山は私の学校だった」(山と渓谷社)
「マッターホルンの空中トイレ」(中公文庫)
「ダンプ&通子の夫婦でゆったり登山術」(小学館)
「あなたと歩く 世界の名峰」写真集(小学館)

著・語り

「体験的リーダーシップ論」カセットテープ (EPICソニーレコード)

VTR

「穂高」「燕から槍」「白馬」 (学習研究社)
「ザ・パラグライダー」 (ロッキー出版)
「NHKパラグライダー講座 基礎編・応用編」 (アポロンクリエイト)

CDロム

「日本の名峰パノラマ紀行 上高地・穂高連峰」 (富士通)

今井通子
イマイミチコ
いまいみちこ
東京女子医科大学付属病院腎総合医療センター泌尿器科非常勤講師/日本泌尿器科学会専門医/東京農業大学客員教授/株式会社ル・ベルソー代表取締役社長/株式会社アプローズ取締役会長
* 「山に私が学んだもの」
* 「農、林業と私」
* 「未知への挑戦」
* 「自然から得た健康法」
* 「高齢になった時どうする」
* 「物の豊かさから行動の豊かさへ」